JRAはなぜ3歳ダートG1が無いんですか?
3歳ダート重賞も少なすぎると思いませんか?
かなーり長い文章ですけど、時代背景を踏まえて理由を書いてみました。
是非読んでください。
まずは、ダート3歳交流戦が出来たところから振り返りましょう。
(※旧年齢では4歳ですが、ここでは3歳と統一して表記します。)
JRAに関しては、他の方の回答にあるように芝重視で、ダート・障害・アラブ競争は
二軍三軍の扱いでした。フェブラリーSですら、1996年まではGⅡ扱いでしたし、
3歳のダート重賞なんてとんでもない!という感じでした。
(アラブ競争は廃止され、障害やダートは以前よりは扱いが断然に良くなりましたが
今でもおまけ的な扱いです)
その中で、ダート競馬だけの地方競馬では、それぞれの地区でそれぞれの
レース体系で馬を戦わせていたのですが、どの地区の馬が一番強いのか
決めてみたい!という声が岩手から高まって、1986年の12月に始まったのが
「ダービーグランプリ」、これが成功して、毎年11月末に全国の3歳の強豪の
地方馬が水沢に集結して熱い闘いを繰り広げてきました。
その成功を受けて、1990年に金沢でも「サラブレッドチャレンジカップ」が始まり、
これが3歳地方馬の二大全国交流競争となりました。
1995年にJRAのレースに地方馬の出走が本格的に許されるようになり、
ライデンリーダーが牝馬クラシック路線を賑わした頃、やっとJRAが重い腰を
上げて、ダート重賞路線の整備を始めました。
3歳ダート路線で、記念的な年となるのが1996年、地方競馬でも本格的に
JRAの馬を迎えて交流競争を行うダートグレード競争が始まる事になり、
ダービーグランプリがまっ先にその対象になり、JRAも重い腰を上げ、やっと
初の3歳ダート重賞となるユニコーンステークス(GⅢ・9月・中山1800m)を
始める事にしたのですが、その間に地方競馬の雄、大井競馬が入り込んで
スーパーダートダービー(大井2000m)を作り、9月末のユニコーンS、
10月末のスーパーダートダービー、そして、オープンしたばかりの盛岡競馬場での
11月下旬のダービーグランプリとダートの三冠体系としてスタート、6月には
名古屋優駿(名古屋1900m/1997年からGⅢ、2004年はGⅡ)も
交流重賞になったので、JRA側からすれば、3歳ダート馬の使い道が
一通り出来たことになりました。その年は皐月賞馬イシノサンデーが
ダービーGPに出て(船橋の石崎騎手を背に)勝ち、スーパーダート
ダービーがGⅡ、ダービーグランプリがGⅠに格付けされた1997年は、
ウイングアローが三冠をかけて挑んだものの、開催延期、主戦騎手の
変更などの不運?もあり三冠ならずという事で一気に3歳ダート戦線が
盛り上がりを見せました。
1999年、大井がスーパーダートダービーと名を変えて7月にGⅠとして
スタート、前述のサラブレッドチャレンジカップがGⅢ昇格してユニコーンSと
共にダービーGPの前哨戦という位置づけになりました。
2000年の5月には園田で兵庫チャンピオンシップ(園田1870m/GⅢ)がスタート。
2001年、JBCが始まる事により、ダービーGPが9月下旬に移動、
ユニコーンSが6月に移動して名古屋優駿と共にジャパンダートダービーの
前哨戦となりました。
2001年の時点で、3歳馬の大事な時期である5月から9月にかけて、
JRAか地方のどちらかで、何かしらの3歳重賞があるという状態になったので、
JRAとしては、別に自前でダート3歳重賞を作る事はなく、ユニコーンS以外は
地方に任せればいいだろうと考えていたんでしょうか?
しかし、ここから事態が一変します。
2004年で名古屋優駿とサラブレッドチャレンジカップがグレード返上、
そして、あのダービーグランプリも実質2006年一杯(2007年は馬インフルの
影響で岩手の重賞として開催)でグレードレースを返上。ユニコーンSは
既に春に移っていて残った地方のグレードレースも5月と7月と、秋口に
JRAの3歳ダート馬が出られるレースが全く無くなってしまった(古馬の
レースは賞金の絡みで出にくい事も)という状態になってしまい、
さあ困った!と、なってしまいました。
そこでJRAが12年ぶりに重い腰を立ち上げて2009年(8月23日)に
新潟競馬場でJpnⅢ競争としてスタートしたのがレパードステークスです。
JRA的には、春先は
兵庫チャンピオンシップ→ユニコーンS→ジャパンダートダービー
という路線が(今のところは)ありますし、レパードSの後は、古馬戦線で
どうぞやってくださいというスタンスでしょうから、これ以上3歳のダート重賞を
増やす事は無いんじゃないかなと思います。
あと、言うなら、3歳ダート戦は馬券がそこまで売れないんですよね。
ダービーグランプリが撤退したのも、岩手の経営難と言うよりも、
馬券が売れなくて赤字になって割に合わないという理由が決定打
だったみたいです(南部杯の売上の5~7割程度とか)
その点も、JRA側が3歳ダート重賞(ダート重賞そのものかも、、)の新設に
乗り気ではなかった点かもしれませんね。
ダート馬は芝で使えない下っ端馬
アメリカはダート主流と言うけれど砂ではない。そして大事な事はその国の最高の場所で活躍しなければ種牡馬になるなどの評価を受けるのは難しいと言う事。
三歳から落ちこぼれた馬のために重賞創設?
レース施行枠が勿体ない
rinba11さん
>新設のレパードSがグレードのつかない重賞なのも、そのせいです。
レパードステークスにグレードがついていないのは、パートⅠ国昇格以降、新設された重賞には3年間グレードをつけないことに決められたからです。なので決してダートがあれだからというわけではなく、2012年(第4回)になれば立派なグレードがつきます。
3歳ダート競走については現時点では地方交流重賞で十分だと思います。ここで無理矢理中央に重賞を作ったら地方競馬をつぶすことになりますから・・・。
ただ最近ダートも発展して盛り上がっていますから、この盛り上がりが続けば中央にも3歳ダートGⅠが登場するかもしれません。レパードステークスの新設はその現れと言ってもいいでしょうね。
(追記)
来年新設される「みやこステークス」に(GⅢ)がついていてちょっと戸惑いましたが、これはトパーズステークスの重賞格上げによるもので、トパーズステークスそのものが格付けの基準を満たしているから・・・だそうです。なんかややこしいですね・・・。
必要ないです。
3歳のダート王を目指してデビューする馬がほとんどいないからです。
新設のレパードSがグレードのつかない重賞なのも、そのせいです。
カネヒキリもヴァーミリアンもゴールドアリュールもアドマイヤドンも
ブルーコンコルドも、みんな芝からの都落ちです。
ダート馬は息の長い活躍ができるので、古馬になってからで十分です。
>marve_imifupet1さん
それは知りませんでした。
失礼いたしました。
結局は「芝で頭打ちの馬が賞金稼ぎに来る場」になるからです。
各地方競馬で地区予選(北海道・南関東・東海・近畿・九州及び四国や中国地区)のダービーを開催し、出走権利を手にした馬が大井競馬場で中央所属選抜馬と争う「ジャパンダートダービー 交流GI」がその代わりになります。
中央で行われる3歳ダート重賞は「ユニコーンS GⅢ・レパードS GⅢ」の2つですね。
以前は9月に盛岡競馬場で中央競馬交流「ダービーグランプリ GI」がありましたが、馬インフルエンザの影響で開催中止の年(オール東北地区馬限定で地方重賞に格下げして行われた)以降は行われなくなりました。
捕捉:フェブラリーSのGⅡは96年のみ(勝ち馬:ホクトベガ)であり、それ以前はGⅢ。97年よりGIです。これはドバイWC(国際GI)の日本でるトライアルとしての位置付けの為にGIとして格上げとなりました。
ダートについては、地方競馬とあわせて日本国競馬として考えています。
かつて統一重賞と呼んだのは正にその意味ですね。
そして、ダートグレードレース体系の中では、ダート重視(ちゅうか盛岡以外芝はない)の地方で開催が前提となっています。
これ以上、中央にダート重賞を作れば、地方がますます廃れてしまいますからね。
まぁ、中央と地方と言うより、純粋にダート平地競馬が行われる中央10・地方専用16まとめて、全国26の競馬場という枠で考えましょう。
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